先に書いておくと、私は前の仕事が嫌いで辞めたわけではありません。
仕事そのものは面白かったし、身についたものも大きかった。今でもその経験で食べています。だから「つらくて逃げた話」を期待して読み始めた方は、たぶん少し違う話になります。
それでも私は、20代のうちに職場を変えました。理由はひとつです。
自分が関わった相手の、その後を見届けたかった。
この記事は、そう思ってから内定が出るまでの記録です。うまくいった話だけではありません。書類も含めれば、二桁は落ちています。
前職でやっていたこと
新卒で入ったコンサルティング会社から投資会社へ、20代のうちに転職しました。前職でやっていたのは、企業の数字と向き合う仕事です。履歴書の上ではその一行ですが、そこにたどり着くまでに、書類も含めて二桁落ちています。
決算書に並んだ数字の裏に、どんな事業判断があったのかを読み解いて、意思決定の材料を作る。案件ごとに違う会社に入っていって、実態を掴んで、材料を揃えて、渡す。そういう仕事です。
この仕事で身についたものは、はっきりしています。
- 知らない業界の構造を、短期間で人に説明できるところまで理解する訓練
- 相手の話を、相手が使っていない言葉で整理し直す作業
- 結論から書く、根拠を欠かさず添える、という文書の作法
転職してからも毎日使っています。「その整理の仕方は前職っぽいね」と言われることがあって、悪い意味ではなく、たしかに癖になっていると感じます。
数字に強くなったこと以上に、「何がわかっていて、何がわかっていないのか」を切り分ける習慣がついたのが大きかったと思います。
動き出した理由
限界を感じたのは、仕事の中身ではなく、関わりの終わり方でした。
私がいた領域は、案件が終われば関与も終わります。材料を揃え、意思決定を支援して、そこで契約が切れる。その会社がその後どうなったのかは、こちらからは見えなくなります。
引き金になったのは、ある案件の打ち上げでした。
長く関わったプロジェクトが終わって、先方の担当者の方と話していたとき、その人が「ここからが本番ですね」と言ったんです。悪気のない、むしろ前向きな一言でした。
でも私は、その「本番」に立ち会わないんだと気づいてしまった。
自分は毎回、いちばん面白いところの手前で降りている。
次の場所を探し始めたのは、そこが継続して関わり続けられる場所だったからです。その条件で最後に残ったのが、投資会社でした。渡して終わりではなく、そこから一緒に伸ばしていく。自分が作った材料が実際にどうなるかまで、見届けられる。
同じスキルを使うのでも、途中で降りるのか、最後まで伴走するのか。私は後者をやりたかった。
実際にやったこと
ここからは、やったことを時系列で書きます。
情報収集を始めてから内定まで、半年弱かかりました。ただし本気で動いたのは後半だけで、前半はほとんど「話を聞いていただけ」です。
使ったサービス
最初に登録したのは、大手の総合型エージェントでした。求人数は多いものの、提案されるのは前職の延長線上にある同業のコンサルティング会社や、事業会社の経理・経営企画が中心で、行きたい領域はほとんど出てきませんでした。
方向を変えて、金融・投資の領域に強い特化型のエージェントに切り替えたところ、ようやく話が噛み合い始めました。担当者がその業界の選考プロセスを具体的に知っていて、「この会社はこの順番で見られる」という説明ができる。ここが決定的に違いました。前職では、知らない業界の構造を短期間で掴んで人に説明する作業を毎日やっていました。だから、担当者の説明がその領域を分かっている人のものかどうかは、いくつか質問すれば見分けがつきました。もっとも、その見分けがついたところで、書類も含めれば二桁落ちています。
学んだのは、求人の数ではなく、担当者がその領域を知っているかどうかが効くということです。
面談の回数
エージェントとの面談は、複数社・のべ十数回ほど。
何社かに会って気づいたのは、同じ経歴を出しているのに、提案の中身がまるで揃わないということでした。だから複数に会うこと自体に意味がありました。
ただし、たくさん登録すればいいという話でもありません。連絡の管理だけで手一杯になり、どこにも本気で向き合えなくなる。私は最終的に少数に絞ってから、ようやく前に進み始めました。
いちばんしんどかったこと
書類も含めると、二桁落ちています。
内定が出たのは1社だけです。打率で言えば、ひどいものでした。
最初にこたえたのは書類で落ち続けた時期です。面接まで進めば手応えも反省もありますが、書類は理由がわかりません。送って、待って、テンプレートの不採用通知が来る。それだけです。自分の数年間が、A4数枚で価値なしと判定されている気がしました。
面接まで進んでも落ちました。しかも最初のうちは、面接の途中で「この話は噛み合っていないな」と自分でわかる落ち方です。志望動機を聞かれて、前職の話から入ってしまう。相手が知りたいのは「なぜうちなのか」なのに、私が話していたのは「自分が何をしてきたか」でした。
いちばんきつかったのは、中盤で一度、活動を1ヶ月止めたときです。
そのころには前職の業務量は変わらないまま、平日の夜と土日を選考に使っている状態でした。それで結果が出ないと、「今の会社にいるのが正解で、動こうとしている自分が間違っているのでは」という考えが本気で出てきます。
このとき効いたのは、根性ではなく記録でした。
面談のたびに、聞かれたこと・答えたこと・相手の反応をメモに残していたので、止まっている間にそれを読み返せた。すると、落ちた面接で同じ質問に同じ詰まり方をしているのが一目でわかりました。感覚で反省しても改善しませんが、記録は裏切りません。
そこから、その1つの質問への答えだけを作り直しました。
書類も同じでした。通らない書類と通った書類を並べて見ると、前者は「やったこと」しか書いておらず、後者には「何を判断したか」が入っていた。 二桁落ちて、ようやくそれに気づきました。
決め手になったこと
自分で振り返って、決め手になったと思うのは次の3つです。
1. 経歴を飾らず、やったことをそのまま説明できるようにした
華々しい実績を作ろうとするのをやめて、「この案件で自分は何を判断し、何を判断しなかったか」を正確に話せるように準備しました。盛ると、深掘りされたときに崩れやすくなります。私の場合はそうでした。
2. 落ちた理由を、落ちた直後に言語化した
面接の帰り道に、うまく答えられなかった質問をそのままメモしました。時間が経つと、都合よく記憶が書き換わります。
3. 「なぜうちなのか」を、相手の事業の言葉で話せるようにした
これが落ち続けて学んだことのすべてです。自分の動機ではなく、相手が何をしていて、そこに自分の何が使えるのか。
私の場合は「このスキルを、途中で降りずに最後まで使いたい」という一点でした。これは前職への不満ではなく、やりたいことの話です。この言い方に変えてから、面接の空気が変わりました。
もちろん、これが正解だと言うつもりはありません。同じことをすれば同じ結果になるとも限りません。
振り返って言えること
動き出す前の自分に言うとしたら、この3つです。
決める前に情報を集めていい
転職するかどうかを決めてから動こうとすると、いつまでも動けません。決めていない段階で話を聞きに行くのは、失礼でも中途半端でもありませんでした。
記録を取る
面談の内容を残すかどうかで、後半の伸びがまったく変わりました。お金も才能も要りません。
落ちた数は、能力の点数ではない
二桁落ちましたが、理由の大半は「合っていなかった」か「伝え方が悪かった」でした。能力が足りなかったから落ちたわけではない案件が、あとから振り返るとかなりあります。渦中にいると、それが全部自分の否定に見えます。
おわりに
これは私1人の経験であり、うまくいくことをお約束できるものではありません。効果や結果には個人差があります。
それでも、好きな仕事を辞めて動いた人間が、二桁落ちてから1社に決まるまでの記録として、同じところで迷っている方に少しでも役に立てばと思います。
同じところで迷っている方に向けて、何から始めるか、書類の直し方、面接の準備の仕方を記事にまとめています。個別のご相談は、いまはお受けしていません。
この記録の中でやっていたことを、道具にしました
書類に判断を書く、落ちた理由を分類する、年収の下限を先に決める。この記事で書いたことを、そのまま使える形にまとめています。職務経歴書テンプレート、想定問答50問、年収交渉スクリプト、落ちた理由の分類表の4点です。
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買い切りです。効果や結果には個人差があります。

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